Se connecter翌朝、パルマは市場へ出す葡萄の箱を見に行った。
エルデート領の市場は、領主館から馬車で半刻ほどの場所にある。
夏前のこの時期はまだ葡萄も桃も本番ではないが、早いものは出る。 花と果物の領地は、朝が早い。日が高くなる前に摘み、選び、箱に詰める。暑さが来る前に動かさなければ、実がすぐゆるむ。 市場の端には、他領から来る商人もいる。 パルマは、葡萄の箱を一つ開けさせた。粒はそろっている。皮に張りがあり、軸も青い。これなら予定通り出せる。「リクローデの方からも、今年は早い桃が来ているそうね」
何気ない顔でそう言うと、馴染みの果物商が顔を上げた。
「ああ、来ておりますよ。まだ数は多くありませんが。あちらの桃は、やはり香りが違いますな」
「リクローデ男爵領は、果樹の家が多いのでしょう」 「多いですね。古くからの家がいくつもございます。ラグラス、オルネ、ヴェルナ…… あのあたりは、箱の詰め方まで家で癖が違う」ラグラス。パルマは、葡萄の軸を確かめる手を止めなかった。
「ラグラス家というと」
「おや、奥様もご存じで?」 「名前だけ。こちらへ来た者の故郷だと聞きました」商人は一度、周囲を見た。
市場に噂は多い。多いからこそ、誰の耳に入れるかは選ぶ。パルマが領地の出荷を握っていることを、この男はよく知っていた。「ラグラスの娘さんが、ちょっとばかし前に家を出たとは聞きました」
「家を?」 「ええ。親の決めた縁談が嫌で、よその若い男と逃げたとか。まあ、あの手の話は尾がつきますから、どこまで本当か」 「その娘さんの名は?」 「たしか、アエリアとか」パルマは葡萄の箱を閉じた。
「そう」
「奥様?」 「いえ。リクローデの桃が入ったら、ひと箱見せてください。買うかどうかは、実を見てから決めます」 「もちろんでございます」市場を出る時、馬車の中に桃の香りが一つもないことに、パルマは少しだけほっとした。
*
屋敷へ戻ると、フェルナンが玄関前にいた。
外套も着ず、帽子だけ手にしている。どこかへ出るつもりだったらしい。「アエリアさんのところへ?」
パルマが聞くと、フェルナンは少し困ったように笑った。
「様子を見てくるだけだよ。ジョバンニが今日は果樹園の方で長くなるそうだから」
「ジョバンニさんは、昨日も長く働いていました」 「ああ。よくやっている」 「ええ。彼は本当によくやっています」パルマは頷いた。
「それで、
フェルナンの顔から笑みが消えた。
「パルマ……」
「今日、何をなさる予定ですか」同じことを聞くと、フェルナンは目を伏せた。
「まずは、食べられるものを」
「また桃ですか?」 「桃なら少し食べられるんだ」 「そうでしょうね」パルマは手袋を外し、侍女へ渡した。
「リクローデは桃の名産地ですもの」
フェルナンが顔を上げた。
「何を」
「市場で聞いただけです。アエリアさんのご実家は、リクローデ男爵領のラグラス家。古くから果樹を扱う家だそうですね」 「……彼女は、その家で傷つけられたんだ」 「その家から、縁談を嫌って出たとも聞きました」 「噂だろう」 「ええ、噂です。だから、まだ断定はしません」パルマは玄関の奥へ入った。
「ただ、アエリアさんが果物を知らないという言葉は、そろそろ信じにくくなりましたわ」
フェルナンはその言葉には何も返してこなかった。
*
その日の夕方、ジョバンニはいつもより遅く屋敷へやって来た。
来た、というより、立っていた。裏口のそばで、番人に声をかけることもせず、帽子を両手で握り、顔色が悪かった。 その時パルマは、台所へ果物の賄い分を見に来たところだった。「ジョバンニさん?」
声をかけると、ジョバンニははっとした。
「あ、奥様……」
「どうしました」 「……お願いが、あります」その声は、ひどく小さかった。
パルマは、番人と台所の女に目を向けた。二人は少し離れる。声が届かないほどではない。だが、間に入らない程度には距離ができた。「何でしょう」
「明日から、自分の仕事を増やしていただけないでしょうか」 「今でも貴方は充分働いているでしょう」 「夜でもいいです。いえ、夜がいいです。箱を運ぶでも、倉を掃くでも、何でも」 「そんな…… 眠らなければ、保たないでしょう」ジョバンニは帽子を握る指に力を入れた。
「……家に戻る方が、保ちません」
前にも、彼は同じようなことを言っていた。
パルマは黙って待つ。急かすと、人は必要なことだけでなく、言わなくていいことまでこぼす。 だが、この男には、こぼす場所がなかったのかもしれない。「アエリアは、朝になると今日は起きられないと言います。昼になると、何か食べられそうだと言います。夕方になると、僕が冷たいと言います。夜になると、明日こそは変わると言います」
ジョバンニは一度、目を閉じた。
「毎日、
パルマは、台所の木台に置かれたプラムを見た。
熟れすぎたものは賄いに回す。まだ張りのあるものは明日の箱へ入れる。今日と明日は、果物ですら分けなければならないというのに。「実家へ、戻ることは」
「嫌だと」返事は早かった。
「それだけは嫌だと。あの家へ戻るくらいなら死んだ方がましだと。僕がその話をすると、三日は泣きます」
「三日……」 「仕事を休むしかありません。火を使えない。食べられない。眠れない。僕がそばにいないと怖い。けれど、果物は欲しい。甘いものなら食べられる。粗い寝具では眠れない。水がぬるい。茶が薄い。椅子が低い」ジョバンニは、笑おうとして失敗した。
「すみません。妻のことを、こんなふうに」
「……あなたの仕事代から引くものが、増えていますよ」 「分かっています」 「このままでは、借りが返せません」 「分かってはいるんです」ジョバンニは、もう一度、同じ言葉を放ち、それから、深く頭を下げた。
「だからお願いします、仕事をください」
パルマはその頭を見ていた。救ったつもりの女を養うために、さらに働こうとする男。
気の毒ではある。だが、気の毒だからと言って、正しいとは限らない。「明日は、朝から果物箱の藁替えを手伝ってください。日暮れまで。夜仕事は出しません」
「ありがとうございます」 「それから」ジョバンニが顔を上げる。
「リクローデのラグラス家へ、こちらから手紙を出します」
帽子が、ジョバンニの手の中でつぶれた。
「それは」
「確認です。アエリアさんの話が、どこまで事実かを知る必要があります」 「……待ってください!」声が震えていた。
「彼女に知られたら……」
「知られたら?」 「……僕が……」ジョバンニは、それ以上言えなかった。
離縁は、秋の初めに成立した。夏祭りから、既にひと月半ほど経った頃だった。 フェルナンは実家へ戻ったまま、エルデート領へ来ることはなかった。 離縁状には彼の署名と、実家の兄の署名が添えられていた。子供たちとの面会については、当面、パルマの許可と乳母の同席を条件とする、と決められた。 カティはにその話をしたが、ふうん、という顔のまま、問いかけてきた。「お父様、遠く?」「ええ。お父様のご実家にいます」「ごはんの時、来ない?」「来ません」「ほんと?」「本当です」 カティは少し考えてから、ロンベルトの皿へ葡萄を一粒置いた。「じゃあ、ロン、食べていいよ」 ロンはそれをつまみ、薄い皮を歯で破った。甘い果汁が口に広がったのか、目を丸くして、もう一粒と手を伸ばす。 カティは笑った。 その笑い声が食堂に戻ってきた時、パルマはようやく、ひとつ息をついた。 屋敷は静かになった。けれど、暗くはなかった。 倉の鍵は元の数に戻り、台所の出入りはしばらく記録が続けられた。 領民の家から持ち出された梨や薪や蜂蜜漬けについては、ラグラス家から弁済が届いた。フェルナンの実家からも、彼が促した分について別に謝罪と金が送られてきた。 * 女たちは、最初のうちこそ怒っていた。「うちの梨、ほんとに腹が立ちましたよ」「蜂蜜漬けなんて、嫁が産後に食べる分だったんですから」「花くらい、ですって。花を干す手間を知らないから、そんなことが言えるんですよ」 台所や乾燥小屋でそう言い合っていたが、金が戻り、パルマが一軒ずつ詫びと説明を入れると、怒りは少しずつ畑や市場の忙しさに溶けていった。 よい季節は、人を待たない。桃の次は、葡萄が来る。 その葡萄が本格的に色づき始めた頃、リクローデから厚い手紙が届いた。 差出人は、ラグラス家のメリーナだった。 封を切ると、桃の花を押した小さな紙片が一枚、挟まれていた。香りはほとんど残っていない。ただ、薄く乾いた花びらの形だけが、丁寧に残されている。 パルマは窓辺の机で、手紙を広げた。 *** エルデート子爵夫人パルマ様 先日は、娘アエリアの件で大変なご迷惑をおかけいたしました。 改めて、ラグラス家より深くお詫び申し上げます。 お約束した弁済金は、第一便としてお送りいたしました。 残りについては、ジョバンニの借り分、娘が
「母上……!」「実家へ戻りなさい。パルマ様の家に、今のあなたを置いていただくわけにはいきません」「でも、僕は」「まだ夫のつもりでいるのですか!」 その言葉に、フェルナンは黙った。フェルナンの兄が、引き取るように言う。「離縁の手続きに入る。それはこちらで預かる。お前が勝手に戻らないよう、俺が見る」「兄上、そんな……」「お前はそこまでのことをしたんだ」 兄の声は地を這うように低い。「お前は女にうつつを抜かしただけではないんだ。家の物を流し、領民の家も巻き込んだ。それに子供を傷つけた。これで、まだ自分が屋敷に残れると思っているなら、昨日までのことの意味が何も分かっていない」 フェルナンは、両手で顔を覆う。その仕草に、パルマは少し前なら胸を痛めたかもしれない。 だが今の彼女は泣く彼を見て、何かを差し出す人間でいる余裕はない。「子供たちには……」 フェルナンが、手の中から声を出した。「カティとロンには、会わせてもらえるだろうか?」 応接室の扉の向こうで、遠くカティの声がする。乳母に何か読んでもらっているのだろう。昨日より少し明るい声だった。「当面は認めません」 フェルナンが顔を上げた。「パルマ」「カティは昨日、あなたに嘘つきという意味のことを言われました。ロンは、アエリアさんを見ると乳母に隠れました。あなたはその二人の前で、何をどう謝るのか、まだ分かっていません」「……分かっている!」「いいえ」 パルマは首を振った。「今のあなたは、謝って自分自身が許されたいだけです」 フェルナンは言葉を失った。「子供たちに会う話は、離婚の手続きが進み、あなたが実家で落ち着いてからです。乳母と私が同席し、短い時間から始めるかどうかを決めます」「僕は、父親なのに……」 フェルナンの呟きは、ほとんど子供のようだった。「昨日、父親でいなかったからです」 パルマの言葉に、フェルナンの母が、目を閉じた。 兄嫁がそっと彼女の背に手を添える。フェルナンの兄は、もう弟を見ていなかった。卓の上の鍵の束を見ていた。 鍵は、返された。しかし返されたからといって、開けてしまったものが元に戻るわけではない。「荷物は、今日中にまとめさせます」 パルマは続けた。「私物だけです。書類、帳面、印章、領地に関わるものは持ち出せません。あなたの衣服、本、身の回り
翌朝、花飾りは外された。 広場に残っていた薄紅の花は、夜露を吸って重くなっていた。まだ香るものは乾燥小屋へ回し、傷んだものは畑へ戻す。 祭りの翌日は、いつも少し静かだ。子供たちの笑い声も、昨日ほどは聞こえない。 カティは乳母と一緒に、奥の部屋で絵本を見ていた。ロンベルトは朝食の途中で眠くなり、そのまま乳母の膝でうとうとしている。 フェルナンは、朝食のテーブルには来なかった。来られなかったのだろう。 パルマは、いつも通り朝の帳面を開く。 祭りに使った桃、戻した皿、割れた杯、余った花、配り終えた干し葡萄。ひとつずつ線を引く。 昨日、アエリアが強く握った桃も、祭り用の箱からは外してあった。 皮に指の跡がついたものは、子供たちの皿にも、客の皿にも載せない。市場にも出せない。けれど、捨てるほど傷んでいるわけではない。「その桃は、傷のついたところを落として、台所で食べてちょうだい」 朝のうちに、パルマは台所頭へそう命じた。「カティとロンには、別の桃を」「はい、奥様」 台所頭は、それで十分に分かった顔をした。 果物は、同じように見えても行き先が違う。客へ出すもの。子供へ出すもの。市場へ出すもの。賄いに回すもの。傷のところを薄く落として、その場で食べるもの。 傷がついたものを、傷のないものと同じ箱へ戻してはいけない。 けれど、食べられるものまで捨てる必要もない。終わったものは、終わったものとして閉じる。使えるものは、使える形へ回す。 それが済んでから、パルマは応接室へ向かった。 * 部屋にはすでに親族が揃っていた。 パルマの母は、窓に近い椅子へ座り、母方の叔父は、扉近くに立っていた。 フェルナンの母と兄夫婦は、向かいの席に並んでいる。 そしてフェルナンは、ひとりだけ少し離れた椅子に腰を下ろしていた。 昨日より顔色が悪い。眠れなかったのだろう。上着も着ているが、袖口のボタンがひとつ外れたままだった。「お待たせしました」 パルマがそう言って席につくと、叔父が短く頷いた。「それでは始めよう」 フェルナンが顔を上げた。「パルマ、その前に」「話は伺います。ただし、順に」 パルマは卓上へ小さな束を置いた。昨日、フェルナンが返した鍵である。 倉、台所、保存室、書庫、冷えた部屋。小さな札がそれぞれにつけられている。五年の間に、夫婦と
その年の祭りには、親族も来ていた。 パルマの母と母方の叔父。隣領へ嫁いだ従姉。フェルナンの実家からは、兄夫婦と年老いた母が来ていた。 例年なら、祭りの席は賑やかに終わる。 広場で桃を配り、花飾りを見て、子供たちが走り回り、夕方には屋敷で軽い食事を取る。親族はそこで、今年の実りや子供たちの成長を笑い合って帰る。 だが、今年は違った。 ラグラス家の馬車が去ったあと、広場にはしばらく妙な静けさが残った。 男たちは片づけの手を動かしながら、時々顔を見合わせる。 さっきまで自分たちが「可哀想な奥様」だと思っていた女が、馬車の中から悪態を吐き散らして帰っていったのだ。何を言えばよいか分からない顔をしている。 女たちは、分かっている顔をしていた。「だから言ったでしょう」 乾燥小屋の女が小さく言った。「泣く人が、いつも弱いとは限らないのよ」 それを聞いていたフェルナンの兄嫁が、黙って頷いた。 彼女は祭りの途中から来ていた。幼い甥と姪に菓子を渡そうとして、倉の騒ぎを少し見た。その後、広場でアエリアの悪態を聞いた。 フェルナンの兄は、弟のそばへは来ない。今行けば、殴るかもしれないと思ったのだろう。 パルマの母は、カティのそばにいた。 先代子爵夫人である彼女は、もう領地の実務から退いている。だが、花と果物の家で何が大事かは、誰よりも知っていた。「カティ」 母が呼ぶと、カティは桃の皿を持ったまま顔を上げた。「怖かったでしょう?」「ちょっと」「ロンは?」「こわかった。アエリアさん、チッってしたから」「そう……」 母は、それ以上かわいそうとは言わなかった。代わりに、カティの皿を見た。「その桃はおいしい?」「おいしい」「なら、よかった。カティの桃だものね」 カティは強く頷いた。「ロンのもある」「ええ。ロンのも」 その会話を、少し離れた場所でフェルナンの母が聞いていた。 彼女は白髪の多い女だった。病弱ではないが、年相応に動きはゆっくりしている。普段は穏やかで、息子を責めるようなことをあまり言わない。 その母が、フェルナンの前に立った。「フェルナン」 フェルナンは、はっとしたように顔を上げた。「は、母上……」「あなた、あの子に謝らせようとしたのですってね」 フェルナンの顔が強ばる。「それは…… 聞き間違いで人を」「聞
広場が一気に静かになる。 子供たちは乳母や母親に抱き寄せられた。 ロンはパルマのスカートを握っている。カティは唇を噛み、アエリアを見ていた。 叔父のバルトが、ため息をついた。「はあ…… まあ、要するに、こういうことなんですよ」 その言い方は、あまりにも慣れていた。「ま、長くは持ちません。泣く席を取り上げると、すぐこうなる」 メリーナが頷いた。「エルデートの奥様、娘がご迷惑をおかけしました」「ええ、迷惑は充分受けました」 パルマは大きく息を吐く。「ですが、こうして迎えに来てくださったことには、本当に感謝します」「ええ、今後の補償も、話し合いましょう。あれが持ち出したもの、食べたもの、仕事を止めた分、こちらで分かる限り弁済いたします」 ガスパルが言うと、アエリアがまた叫んだ。「私を売る気なのね! 金で! 娘を金で!」「お前が食べた分の話だ」 バルトはひどく淡々と言う。「食べたなら払う。持っていったなら返す。家の子供でも同じだ」「私は子供じゃないわ! 子供扱いする気!?」「では、なおさらだ」 その瞬間、アエリアは叔父へ飛びかかろうとした。だがその前に、兄のルシアンとバルトが動いた。彼らは迷いがない。アエリアの両腕を押さえ、暴れる足をかわし、持ってきていた布紐で手首を縛った。 フェルナンが思わず声を出した。「あ、あの…… 乱暴では」 ふー、ふー、とアエリアは息を荒げている。バルトは彼を見て苦笑する。「では、あなたが馬車まで運んでくださいますか?」 フェルナンは黙った。「ああもう、あなた、本当に役立たず!」 裏返るアエリアの声に、フェルナンの肩ががくんと落ちる。「ほら行くぞ。さっさと歩け」「離して! 触らないで! 薄汚い手で! こんな果物臭い場所、こっちから願い下げよ。皆、馬鹿みたいに桃なんかありがたがって。私に出すならもっと良いものを出しなさいよ!」 桃を配られていた子供のひとりが、皿を胸に抱え、その母親が、子供の耳を片手でふさぐ。 メリーナの表情が、そこで初めて辛そうにものになった。「……本当に、申し訳ありません」「謝罪はあとで伺います」 パルマは答えた。「今は、あの人を馬車へ。その予定だったのでしょう?」 その通りに、アエリアは馬車に押し込まれた。すぐに、内側から大きく扉を叩く音がする。「開け
パルマはその日、そのまま仕事を続けた。祭りの前日なのだ。 桃の箱を移し、菓子に回す干し葡萄を数え直し、広場へ飾る花の束を確認しなければならない。 南端の家の女ひとりに、領地の祭りを止めさせるつもりはなかった。 だが、念のため、控えの部屋には、侍女を二人置いた。 ひとりは台所頭の妹で、夫と息子を南端の家に引きずられかけた女だった。もうひとりは、乾燥小屋の女たちをまとめる古参である。 どちらも、泣く女の顔だけで物を渡すような性分ではない。「奥様、本当にこのままでよろしいのですか」 台所頭の妹が、扉の前でパルマに尋ねた。「というと? 何かあったの?」「泣いております。ずっと」「水は?」「お出ししました」「食事は?」「賄いと同じものを。豆の煮たものと、普通のパンと、薄いスープです」「そう。食べましたか?」「パンを少しだけ。スープは匂いが強いと」「そのままでいいわ。そう選んでるのだから」 侍女は頷いた。扉の向こうから、かすれた声が聞こえる。「こんな椅子では、座っていられませんわ…… 背が、腰が痛くて」「では、立っていても構いません」 古参の女が、扉の内側から答えた。「水がぬるい……」「井戸水です。皆それを飲みます」「せめて、香りのよいお茶を……」「奥様のご指示がありません」「私、客として来たのに……」「客ではないと、先ほど奥様がおっしゃいました」 そこまで聞いて、パルマはふう、と息を吐く。扉の前に立つ必要はない。アエリアが何を言うかは、もう大体分かる。 よい椅子。よい茶。よいパン。そばに居てくれる誰か。そして「お客様扱い」。 だがそのどれも、今日は出ない。出すつもりもない。「何かあれば呼んで」「はい、奥様」 パルマが廊下を戻ると、フェルナンが待っていた。倉からこちらへ来る間に、何度か使用人に止められたのだろう。顔に苛立ちが浮いている。「アエリアさんに会わせてくれ」「会わせません」「なぜだ」「あなたが会うと、話が進まないじゃないですか」 フェルナンは目を見開いた。「彼女は今、怯えているんだ!」「怯えているなら、なおさら余計な約束などしない人間がそばにいるべきです」「余計な約束?」「『リクローデへ戻さない。僕が何とかする。君は何もしなくていい』。そういう約束です」 フェルナンは言葉に詰まる。言